【新魚目】 浦桑郷の野々観音
浦桑郷の観音山の頂上付近には野々(のの)観音という観音様がお祀りされています。
▲場所はこちらです。
▲にわかミステリーハンターが知る人ぞ知る安産の聖地をスメルしようとすると・・・
の記事でもご紹介しましたが、弘和3年(1383年)に有川地区の友住と頭ヶ島の
瀬戸で遭難した宇久氏8代・覚(さとる)公の奥方の御霊をお祀りしたのが有川地区
赤尾郷の孕(はらみ)神社という神社。
そして、この奥方のご遺体をお祀りしているのが 浦桑郷の野々観音です。
▲奥方は懐妊中だったそうで、これを由来に遭難した瀬戸は孕瀬戸とよばれています。
▲野々観音の正式な入口がどこなのかわかりませんが、浦桑郷桑ノ木地区の とある路地
を進むと参道入口の鳥居がありますので、こちらということにしておきましょう。
▲路地を進むと観音山の墓地と野々観音の 一の鳥居が見えてきます。
▲こちらが野々観音の 一の鳥居。
▲嘉永5年(1852年)の銘が見えますね。
▲一の鳥居から参道を登りきると、野々観音の登り口に到着します。
▲全体の場所を地図に出してみるとこんな感じです。
▲登り口の案内板の由緒には「奥方の遺体は二つにちぎれて上体の部分が桑ノ木の浜
に漂着した」と記されていますが、漂着したとされる場所には胸肩神社という神社を
お祀りしたという伝承があるそうです。
▲胸肩(むなかた)神社は市岐島姫神 素戔嗚尊 事代主神の三祭神をお祀りしていました
が、昭和62年8月の台風によって倒壊。同年10月に同郷の祖父君神社に合祀されま
した。桑ノ木地区の旧社地には記念碑が残ります。
▲このほか同地区の貴船大明神も野々観音に関係があるという伝承があるそうですが、
はっきりしたことはわからないそうです。
▲話を戻して、少し不安だったんですが参道はきれいに整備されています。案内板には
徒歩10分と書かれていましたが、実際には5分とかからないと思います。
▲こちらが野々観音。
▲お墓の形式をとっていますので、こちらに遺体は安置されているようですね。
向かって右側の墓碑には文化10年(1813年)の銘がみえます。昔から篤く信仰
されていたということが窺えますね。
▲お隣には観音堂があります。
前出の案内板によると、野々観音は安産や合格祈願などの御利益があるそうです。
毎年1月18日は観音様のお祭りだそうですので、みなさんもお参りに行ってみては
いかかでしょうか?
【参考文献】
・新魚目町郷土誌